2012年02月11日

うしじま某さんの話2:「テロリスト」の何が“問題”なんだろう。

個人的な話をしてませんでしたが、末端ながら表現を商売にすることでご飯食べてる身分としては
氏のいう表現というのはあまりにも安っぽいですし、そんなキレイゴトを言うには行動が実に俗物すぎて感情としては不快ですし、
先に述べたようにいらん火の粉の火元として迷惑だとは思います。

です、が。

「私の信念は街を歩いてる女の人が今よりももっとより下品な恰好になったりパンツが見えてもさほど気にしない世界を目指すことで、もめごと起こすことじゃないですよ。ここテストに出るから。」

とtwitterで氏が文字通り”信念”を書いています。

うしじま氏はパブリックな場で下着やら尻やらを見せつけるのを「露出」
と称していますが、「性器」は見せてないわけですし、
それはしないというのは本人が明言しています。

じゃあ「露出」の何が問題なのだろうと思うと、「女として」思考がハタと止まるわけです。

マナーとかルールとか、要するに「女が(うしじま定義で言うところの)露出をするのが”ワイセツ”だから」って話に集約されると思います。
男なら単なる「変態」で通報されて三面記事を飾るだけで終わります。

性器見せることとの違いは、それが「近代文明において形成された合意」ということです。
んでもってそれは更に言うと「男の(一方的な)都合」で運用されています。

前のテキストで後述する、と言った部分です。

平たく言うと「露出度の高い服着てるのは男を挑発してるのと誤解されて痴漢にあいやすい(から自重しろ)」ってのと同じベクトルです。
ここが「その通りじゃん?」って人はその時点でこの文章は読んでもやっぱり理解できないと思うのでこのテキストは読む意味はありません。

が、わたしも含めて「そんな誤解すること自体が大誤りだバカちん!」って人は一定数居ますし、
個人的にはそういう「都合」にイラっとくる事もたまにあるわけで。

で、そのロクでもない合意を突き崩す方法の一つ。

それが、さっきの氏の「信念」です。

「露出するのがワイセツだと言うなら露出が”普通”な世の中になればいいじゃない(マリー」

そうなれば合意もクソもないですよね? 普通なんだから。

というわけです。

個人的な感情は上で述べた通りですが、
彼女を擁護しようとしてる人も、”悪”と断罪しようとしてる人もちょっとだけ「理由を」考えて欲しいなあと思うのです。

posted by 霧生紗夜 at 00:58| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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